安定同位体分析で、なぜ国産養殖と台湾・中国産が区別できるのか。
安定同位体比分析は、うなぎの育った環境の「餌、水(池)、養殖池」の特徴を示します
安定同位体比を指標とした産地の判別方法は、地理的・生育環境での安定同位体比の違いを比較する事で行われます。 うなぎの場合、生育している環境の餌や、生育池中の炭素・窒素が、うなぎの肉体の組織を構成する分子中の原子として使われます。 同様に、水(養殖池中の水)は、肉体の組織の構成原子として使われます。 この為、うなぎの組織は、育った環境(餌、養殖池の水)の特徴を肉体組織の構成原子に残しています。 一般に、生育環境の水の中の酸素・水素の安定同位体組成は、地域(河川水系)により異なります。 この為、酸素・水素の安定同位体比は、産地を判別する上で、非常に有効な指標となります。 炭素や窒素は、餌や、生育環境の土地や水域の特徴を示します。 養殖うなぎの判別では、まずすり身などのタンパク源を餌として給餌していますから、天然うなぎと窒素を指標として判別できます。つまり、炭素・窒素・酸素・水素の安定同位体組成を調べると生物の食べた餌や栄養源、畑の土の中の窒素や水中の窒素の由来、育った環境の飲料水、生活水が保有する「安定同位体組成」を体内組織の構成原子に組み込みます。 これが生育環境の化学的履歴というものとなります。 この為、例えば遺伝的に同一の牛品種を日本と豪州で育てると、品種は同一ですが、生育環境の安定同位体組成の差から、この2頭を識別できるのです。養殖方法、生活水、餌の違いが、うなぎの体内に残ります
窒素安定同位体比は、餌及び養殖環境水中の窒素態の影響があると考えられます。 そこで、うなぎの養殖方法について検討を続けると、日本と中国・台湾は、地理的要因により養殖の過程で、室内(ハウス)加温状態での養殖を組み込む日本と、同じようにハウス養殖を行う中国福建省以北地域、常時露天養殖池で育てる中国南部・台湾という相違があります。 この環境の相違を研究した結果、判別の指標として非常に有効なものとわかり、判別が可能となりました。 つまり、日本のハウス養殖では、稚魚が順調に育つように、冬場は、ハウス室内をボイラーで加温し、かつ水温が低下しないように、水を循環させています。養殖法の地域による違い
このような環境下の為、うなぎの体内では、より重い窒素同位体が増加(同位体分別)、うなぎは、高い窒素安定同位体比を示します。 実際のハウス養殖池の土は、非常に高い安定同位体比を示し、自然界での状態とは明確な差異を示します。このような環境で生育した国産養殖うなぎは、窒素安定同位体比が高い数値を示す特徴を有します。
一方、台湾や中国広東省などの温暖な地域での露天の場合、地下水、河川などの水が引き入れられ、また植物(水草)も繁茂し、ハウス養殖のような高い窒素安定同位体比を示す窒素態環境にはなりません。 台湾や中国南部で露天養殖されたうなぎは、国産と比較してより低い窒素安定同位体比を示します。
ただし、中国の場合、福建省より北で、冬場については、日本と同様のボイラーによる加温が必要で、日本と同じようなハウス養殖が行われます。 この為、日本の養殖うなぎと近似した窒素安定同位体比を示すうなぎも認められます。この為、窒素安定同位体比のみでは、ハウス養殖された中国産養殖うなぎを明瞭に判別する事には、問題が残ります。
この為、養殖池の水そのものの酸素安定同位体比の差異、餌による炭素安定同位体比の差異を検討した結果、国産養殖うなぎは、中国産・台湾産うなぎより酸素安定同位体比が低く、炭素安定同位体比は、高いという特徴が認めれました。
このように養殖環境の違いによる窒素安定同位体比、さらに環境水の違いによる酸素安定同位体比、餌の違いによる炭素安定同位体の組成を分析する事で、国産養殖うなぎの特徴が定まります。 こうしていわば「養殖池の環境の違い、水の違い、餌の違い」を比較できるのです。実際の判別には、国産養殖うなぎの分析値、中国・台湾産養殖うなぎの分析値を統計的に多変量解析し、判別式といわれる判定用の数式を得ます。 この数式に検体の分析データを入れて得られる数値により判別が行われます。